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天災は忘れなくともやってくる

東日本大震災から早いもので9年7ヶ月。突然東北が悲鳴をあげました。わたしにとって未知のくに。報道からはわからないリアルを求めて、福岡より単身で災害ボランティアに志願して宮城県へ駆けつけたことも、いまとなっては遠い日になりつつあります。たいしたことはできなかったけれども、そこで出会った地元の方、ボランティアの仲間はいまでもずっと記憶の片隅にいて、いつ何時起こるかしれない災害に対してスタンバイしてくれている気がします。

 

翌年2012年には九州北部豪雨による土砂崩れ、浸水被害が起きました。福岡の朝倉をはじめ、両親の故郷でもある大分の日田も大きなダメージを受けました。じっとしていられず、再び災害ボランティアに志願して、床下に流れ込んだ土砂をせっせとシャベルで掻き出しました。ところが、ほんの数時間の作業にも関わらず、そのあと寝込んでしまった。気づかないうちに極度の貧血になっていたようで入院することに。わが身の無力さを痛感したものでした。

 

さらに2016年、熊本を震源とする大地震が九州を襲います。九州という島に亀裂が走った、そんな強烈なインパクトでした。熊本城は崩れ、阿蘇大橋は破壊され、多くの犠牲者が出てしまった。熊本にいる友人の報告を頼りに現状を把握しながら、今必要なものはなにか、自分にできることはなにかを考え続けました。

 

天災は容赦ありません。翌年にはふたたび九州北部豪雨発生です。「またか」と愕然とする。次から次へと起こる自然災害のたびに身を削り、神経をすり減らす。現地へボランティアに行こうにも先立つものが用意できない。家計は火の車ゆえ義援金を送ることすらできない。

 

そんなジレンマを感じていた時、ふと考えます。災害という非常時でなくとも、できることがあるのではないか。むしろ平時からやれることがあるのではないか。自分の住んでいる地域でかつてどんな災害が起こったのか、それすら知らないではないか。九州全域の災害史はあまり語られていないのではないか。歴史を掘れば、先人たちが警告を発しているにちがいない。それをキャッチして伝え残すことが必要であると。

 

歴史上において九州にどんな災害が起こったのか、後世に伝え残しているものはないか、それはどんな手法で伝承され続けているか、もしくは埋もれてしまっているか。九州の災害史を調べ、発信していくことにしました。

 

まずは一人からのスタートです。一歩一歩、地道に進めていきます。